大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岐阜地方裁判所 昭和47年(ワ)129号 判決 1975年10月16日

原告 田中美智夫

右訴訟代理人弁護士 六川詔勝

被告 岐阜商工信用組合

右代表者代表理事 平野忠夫

右訴訟代理人弁護士 伊藤義文

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二〇〇万円とこれに対する昭和四五年一二月二三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告

1  被告は、中小企業等協同組合法により設立された信用協同組合であって、預金の受入、金銭貸付等いわゆる銀行業務を行ない、その一環として手形、小切手の取立の業務も行なっているものである。

2  原告は昭和四五年一二月一五日ころ被告に対し、別紙(A)欄の約束手形(以下、本件白地手形という。)の取立を依頼し、被告がこれに同意したので、本件白地手形を交付した。

3  被告は本件白地手形を、その支払期日に岐阜手形交換所の交換に付し、支払銀行である訴外株式会社大垣共立銀行千手堂支店に支払いの呈示をなしたけれども、同手形は取引解約後との事由で不渡りとなった。

4  そこで、原告は、本件白地手形を受け戻し、振出人の資産関係を調査したところ、振出人がすでに倒産し、その代表者杉原君男も失踪していることを知った。原告は、振出人に対する手形金請求を断念し、本件白地手形の第二裏書人である訴外小川良雄を被告として遡求権により約束手形金請求の訴を提起したところ、昭和四七年三月二七日岐阜地裁において、被告のなした右3の支払いの呈示は振出日欄及び受取人欄が白地のままなされたものであって遡求の条件である支払いの呈示に該らないとの理由で、請求棄却の判決を受け、本件白地手形は裏書人に対して遡求しえないこととなった。

5  右により、原告は本件白地手形の手形金額相当の損害を被った。

6(一)  原被告間の本件白地手形取立委任契約はいわゆる準委任であるから、被告は原告に対し、受任者としてのいわゆる善管注意義務を負うところ、右善管注意義務の具体的内容は、右取立委任の窮極的な目的が手形金額相当額を回収するにあったことに鑑み、その目的のために必要な一切の手続を欠けるところなくなすべき義務というべきである。従って、被告としては、本件白地手形を交換のため持ち出すに際してその白地部分を補充するか、あるいは窓口で受け入れる際に法律上の手続を知らない原告に指示して白地部分を補充させるべき具体的義務があったものといわねばならない。

しかるに、被告は、右に具体的義務として掲げたところを怠り、白地未補充のまま支払いの呈示をなした結果、原告の前裏書人に対する遡求を不能ならしめたものであるから、右は被告の債務不履行というべきである。

(二)  ところで、本件白地手形は別紙(B)欄の約束手形(以下、本件旧手形という。)の書換手形として振出されたものである。原告は本件旧手形を訴外合資会社名和自動車工業に対する手形貸付けの見返りとして同訴外会社から取得したのであるが、同訴外会社は振出人に対し手形金額と同額の貸付けをしているため、原告は同訴外会社に対し利得償還請求権を有しない。又、本件白地手形の裏書人である訴外太田庄蔵、同小川良雄の各裏書はいずれも保証の趣旨でなされたものであるけれども、仮に原告において右保証責任を追求しうるとしても、この保証責任を追求するか、又は被告に対し本訴請求をするかは原告の自由に選択しうるところであって、右をもって損害が生じていないということはできない。

(三)  よって、原告は被告に対し、債務不履行による損害賠償請求として、二〇〇万円とこれに対する支払呈示期間経過後である昭和四五年一二月二三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告

1  原告主張1ないし4の事実はいずれも認める。5の事実は争う。

2  被告は、次に述べる理由によって、原告主張のような白地補充義務を負うものではなく、原告の本訴請求は失当である。

(一) 一般的に金融機関が約束手形の取立委任により受任するべき事務は、手形交換所の交換に付することのみであって、裏書人に対する遡求権の保全を含むものではなく、顧客である原告もこれを承認していた。

(二) 手形交換所に呈示される大多数の手形は振出日、受取人の記載を欠く白地手形であって、手形交換所においては右の白地手形も形式不備として取扱わないとの商慣習があった。

(三) 原告は、原被告間の当座勘定約定において、原告から特に書面による依頼がなされない限り被告において拒絶証書作成その他の権利保全手続をなさないことを承諾しているのであり、原告が、本件白地手形の取立委任に際して白地補充の依頼をした事実はない。

(四) 手形交換所規則によれば、取引なし等の事由で不渡手形として処理された手形については再呈示できず、従って白地手形として呈示された手形が不渡手形となった以上、白地を補充して交換所に再呈示することは金融機関としてなしえない。従って仮に顧客より呈示期間内に白地補充の上、再呈示の委任をうけたとしても、金融機関としてはかかる取立委任を受任することさえできない。のみならず、本件手形取立委任は無償でなされている。(この事は金融機関が交換所を経由することによって大量の手形決済を安価に且迅速に得られるという事と表裏をなすものであり、若し、原告が主張するような白地補充義務があるとするならば、後述のように大きな危険負担を負う金融機関として、とうてい無償に近い手数料でもって取立委任事務を大量、且、迅速に引き受けうるものではない。)

(五) 振出日白地の場合、何時の日を記入すべきか、特に依頼のない限り不明確であるだけでなく、確認不可能の場合処理の方法がなく、又、振出日記入についての記入違いから、手形自体無効となる場合もあり、かかる場合の危険負担は余りにも大きい。

受取人白地の場合、特に顧客の依頼のない限り、誰を受取人とするのか判然としない場合がある。又、受取人の記入違いにより裏書不連続となる危険性がある。

(六) 金融機関に白地補充義務のないことは、従来から実務の慣行であり、全銀協当座勘定約定書ひな型一条二項は右実務慣行を明文化した。

3  原告は依然として本件白地手形の振出人である訴外輝泰興業有限会社に対する手形金請求権を有するほか、本件旧手形の裏書人である訴外合資会社名和自動車工業に対し原因関係上の請求権ないし利得償還請求権を有し、また訴外太田庄蔵、同小川良雄に対しても保証契約に基く請求権を有するものであるから、いまだ損害を蒙ったものということはできない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、本件白地手形の取立委任を受けた被告において白地補充義務があると主張し、被告がこれを争うので以下判断する。

1  ≪証拠省略≫によれば、当時、手形交換所の交換に付される手形のうち、受取人、振出日白地の約束手形の占める割合は三割とも五割ともいわれる程多く、手形交換所においては、これら確定日払の手形の振出日及び受取人欄が白地の約束手形でも不渡事由の形式不備に該るとはしなかったこと、加えて、金融機関にとっては、その事務手続上、白地補充をすることが必ずしも容易でないことなどから、取立委任を受けた手形については白地を補充しないまま交換に付する取扱いであったこと、本件白地手形のように取引解約後との事由で不渡返還となった手形は再び交換に持ち出せない取扱いであったことが認められる。

2  ≪証拠省略≫によれば、原被告間の当座勘定約定書には、被告はあらかじめ書面で依頼を受けたもののほかはその証券につき拒絶証書作成その他権利保全の手続をしない旨の規定があること、原、被告間の手形用紙の制限に関する特約には、手形用法の遵守が規定されており、同約束手形用法3には「振出日、受取人の記載は手形要件となっておりますから、できるだけ記入して下さい。」との記載があることなどが認められる。

3  右1、2の事実に照らして考えれば、原告主張の事実から本件白地手形の取立委任契約における当事者の意思解釈として、右取立委任が、支払いのための呈示にあたり白地補充をなして遡求条件を整えることをも含むものであったと推認することは難しく、又、だとすれば、本件白地手形を受け入れるに際して白地を補充させるべきであったとの原告主張も由ないものといわねばならず、他に原告主張を認めるに足る証拠はない。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川正夫 裁判官 亀岡幹雄 田中恭介)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例